並木利八郎様 (略)失礼ですが書面で申しあげます。寒さにむかうころになりましたが、御家内様ますます御清栄の由、およろこび申しあげます。さて、先だっての矢立彫刻は大急ぎで彫ったので大変粗末なでき具合になってしまいました。このたびは私の総手づくりの脇差ができましたので、あなた様に是非とも購入していただきたく、川口村の秋山国三郎という者を差しむけます。この人は私と兄弟同様の人なので、詳しいことはこの人から聞いて下さい。細工には念を入れて彫りましたが、売物とはしたくありませんので是非あたた様(注:ママ)に引取っていただきたいのです。

この手紙は、落合寿親が真能寺村の名主で後に戸長となった双木利八郎へ出されたもので、幕末か、明治初年のものであろう。

寿親は、幕末から明治のはじめにかけて活躍した彫金師で、文化財編に紹介してあるのでここでは記さないが、彼の書風と彫金の技術は素晴らしいものである。

この手紙の筆跡も達筆で、彫刻の繊細さもうなずけるものである。

この人が自ら「会心の作」と自讃する作品はいかがなものであったろうか。

また、双木家に譲りたいという心情から、寿親と双木家との交流の深度もうかがうことができよう。

(3)揚庵の手紙

乍恐以書付奉願上候
御領分武州高麗郡小岩井村組頭佐太郎悴醫師揚庵奉申上候
私儀當巳年より弐拾三年前天保六未年御役所江御窺奉申上候
而同郡久下分村金子忠五郎地内ニ出張開業罷在候處年来療治中発明仕候
事共記録仕置其内熱病究理之部取集熱病覈泉与表題仕今般三冊上梓仕候
誠二御上様御仁政之 蒙 (+「いのこへん」) 御潤沢二十余年之間無事ニ醫業仕候段難有仕合ニ奉存候
依之右著述之書一部冥異加
御殿様江献本被
仰付度乍恐御書付何卒以御慈悲御聞済被成下置候 ハゝ重々難有仕合ニ奉存候以上
安政四巳年閏五月
御領分
武州高麗郡小岩井村
組頭左太郎悴
當時久下分村出張
醫師  願人  揚庵
小岩井村
當年番名主
差添人  文治郎
同郡久下分村貸地主
年寄  金子謙次郎
岡  御役所
右奉申上候通聊相違無御座候
間何卒御聞済被成下置候様奉願上候  以上

(略)黒田家の領地である小岩井村の組頭佐太郎の悴で医師の揚庵が申しあげます。私はいまから二十三年前の天保六年に、お役所の許しを得て久下分村の金子忠五郎の敷地へ開業しました。

その後、病気治療のことにつき研究を重ねて記録をして参りました。その中で、このたび熱病の研究をまとめたものを「熱病覈泉」と名づけて三冊上梓しました。これもひとえに殿様のおかげと存じ、一冊献上したく存じます。何卒おゆるし下さい。おゆるし下されば大変幸せに存じます。

以上のような大意であるが、差出人の揚庵は小岩井の山川氏であり、山川家は以後代々医業を継ぎ、揚庵の子の真造、孫の碧、彦孫の一郎も医師となり、一郎は大正天皇の侍医ともなった。

揚庵の詳しい事蹟はわかっていないが、この手紙から天保六年(一八三五)に久下分村名主の金子忠五郎宅の一画で医院を開業したようである。

この金子忠五郎は、金子家十代の謙次郎祐之で、代々薬種問屋を家業としており、村の重鎮でもあった。

殿様とはいうまでもなく久下分村や小岩井村を領していた黒田氏で、第九代の黒田直和である。

それにしてもやっかいなことで、殿様に本を献上するために出先役所へこのような文書を提出し、お許しを得た上で、献上するようにとの文書をもらわねばならなかったとは。

熱病覈泉の稿本は見つかっていないが、小岩井の山川家には版木が残されているようである。

当時のことなので、内容は漢方医学に属するものであろうが、西洋医学(オランダ)や権田直助に代表される皇国医道の研究など医学界も維新にむかって変動の時代であったのであろう。

そして、維新後、すなわち明治になると西洋医学が政府の支持もあって隆盛となってきた。

編集後記

この間、市内南の竹寺にお参りした。ご存じの神仏習合の形態をそのままに、いまに伝えている寺である。

ここは山の奥深くであったがために、明治維新の神仏分離令の検索からのがれたものであるというが、ただ単にそれだけの理由だったのだろうか。当然、案内役を仰せつかったであろう村役人が、その存在を知らぬということはなかったはず。とすれば、新政府の、突如として横暴ともとれる措置に対する抵抗から、故意に見のがしたということが考えられなくもない。

明治維新は、それこそ大きな政治の変革であった。何しろ徳川三百年の治世が、一変して天皇の御世になるといわれても、江戸の膝下にあり、まして天領が点在するというようなこの地方の庶民にしてみれば、そう素直にうなずけなかったことと思われる。

今回、編さん室でとりあげてくれた「落穂集」の中の戯歌を見ていくと、幕末当時の揺れ動く庶民の心を、さらに生活のさままで、単的に、如実に伝えてくれている。

編集委員島田欽一

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