正丸峠

正丸峠という場所には様々な側面がありますが、そのうちのひとつにいわゆる心霊スポットとしての機能が含まれます。
いまから15年ほど前になりますが、埼玉新聞の1991年8月14日号と同年9月9日号にそのあたりの事情について特集が組まれています。 面白いので本文を転載してみました(写真は省略しました)。
これがなかなか気合の入った記事で、正丸峠の怪奇な噂が詳細に取材されており、また心霊スポットになった契機について一応の結論が出されています。もっとも本文中には「心霊」のような用語は一切使われておらず、また怪談の主も「妖怪」とされているのは時代性なのでしょうか。「よつんばい」という名称はこの記事で初めて目にしました。いまとなっては廃れた名前ではないでしょうか?
記事中には取材対象となった人の実名が出てきているのですが、そこは伏字にしました。
「県内の怪奇なウワサ」と題して前後あわせて二十篇ほどの話が収録されています。 また後編には騎西町の「お化け電柱」についての記事も写真付きで収録されているのですが、どちらも割愛しました。 興味のある人は埼玉新聞の縮刷版を図書館で探してみてください。


(1991年8月14日)

正丸峠の妖怪
なぞのウワサを追う 前編

よつんばいでバイク追う
白い服の女が一転
元の話は六甲から?

「人の顔をした犬が迫いかけてくる」─こんなウワサが全国的に広まったのは去年のこと。流行はすぐに収まったが、若者たちの問では、いまだいろいろな奇怪なウワサが飛ぴ交っている。学校で、バイト先で、居酒屋で、語り継がれていく話。それを集めている途中で、とりわけ不思議な話を聞いた。正丸峠で、よつんばいでバイクを追いまわす女の幽霊がいるという。ウワサの正体とその周辺を探るため、さっそく秩父へとんだ。(米山士郎記者)

飯能方面から秩父へ抜ける正丸峠。正丸トンネルが開通して以来、交通量は減ったものの、バイクや車の"走り屋"が集まる場所として、いまだ健在。それゆえか、峠やトンネルを獅台とした、バイクなどにまつわる怪談話をよく聞く。

食い違う証言

─正丸峠を夜、バイクで走っていると白い服を着た女が出てきて「街まで乗せて」と言う。姿が普通でないので、無視して通り過ぎ、しはらく行ってからミラーを見ると、何かが迫いかけてくる。よく見ると、さっきの女がよつんはいで走っている。それがすごく速くて、あわや、という所で振り切ると、妖(よう)怪が「覚えていろ」と捨てゼリフ。それから三日以内に、その人は交通事故で死んでしまう。

こんな”妖怪よつんばい”のウワサが秩父近辺で流行したのは、二、三年前。今では下火になったというが、高校生をはじめいろいろな人がウワサを覚えていた。話を聞いてみると内容が微妙に食い違う。

まず”よつんはい”の年齢。若い女という話もあれば、老女という話もある。「百㌔ババア」というお化けもトンネルに出没するとかで、「百㌔で走ってきて、迫い越す時にニコッと運転手に向かって笑う一(秩父高一年・●●●君)。あの「人面犬」も出たそうで(顔は女)、目が合ったバイクの少年が気絶して人家にとび込んだという(秩父農工で聞いた話)。さらに、「友だちの父さんがトンネルを走っていたら、首のないものが追いかけてきたそうです」(秩父高一年・●●●●君)という話も。

また、のろわれるという点でも相違があり、事件から「三日後」「一年後」と死ぬまでの期間はいろいろ。また、「バイクに乗せてあげると一週聞後に事故死する」(会社員・●●●●さん〉など。

出る場所は峠かトンネル。その他、細かい点で差異は多い。しかし、女がよつんばいで追いかけるという点は共通しているので、元は皆一つの同じ話だったのかもしれない。

誕生の地は県外?

「でも、こういう話はバイクの連中が集まる峠によくあるんですよ」と、正丸峠に来ていた高校生。深夜、バイクや車を何かが迫いかけていく。その何かが、首なしとかガイコツのライダー、上半身だけの女などに代わるだけで、話の内容ははとんど同じなのだ、とか。

ということは、正丸峠の”よつんばい”によく似た話がはかにもあるのだろうか。

調べてみると─、あった。記録的に一番古いのは、十年はど前の石川県。猛威をふるった「口裂け女」のウワサの変形、"よつん婆"が現れるという話があった。

それから何年か後、"走り屋”のメッカ、六甲に"妖怪よつんばい”が出るというウワサが有名になる。正丸峠の例は、時期的にその後。

この六甲でのウワサが、バイク仲間を通じて、秩父へと流れてきた─、話の発端は意外とこんな感じなのかもしれない。

そして、ウワサはバイク仲間の間から、さらに大きなネットワークに乗ることによって、広く多様なふくらみをつけていく。

次回、後編(九月掲載)では、ウワサが広がっていった背景と、怖いものに群がる若者たちに迫る。

口裂け女/人面犬
追いかけてくるものの伝説

妖怪”よつんばい”の話と内容的によく似通っているのが「口裂け女」や「人面犬」のウワサ。猛スピードで追いかけてきて、危害を加えたり、ニタッと笑ったり…。

こうした話は民話にもひんぱんに登場する。お札を使って小僧さんがヤマンバから逃げる「三枚のお札一の話、欲ばり男が奥さん(実は妖怪「二口女」)から逃げ、ショウブの草やぶに隠れて助かる「食わず女房」の話など。

女の化け物に追いかけられる伝説をさらに突き詰めると古事記にまでさかのほる。

イザナギが死んだイザナミに会うため黄泉(よみ)の国を訪れる。しかし、約束を破ったイザナギは、悪鬼と化したイザナミに追われ、黄泉平坂(よもつひらさか)を逃げる。そして、からくも逃げ帰ったイザナギにイザナミはのろいの声を浴びせる。

正丸峠の怪談では、「バイクに乗せて」という女の頼みを無視すると、女は”よつんぽい”に変化して、トンネルの中を追いかける。振り切られると「覚えていろ」と叫ぶ。すると三日後に死んでしまう。 どうだろうか、千数百年も隔てて、この内容の一致は不気味ですらもある。

このようなウワサの中にも、世代や時代を超えて、民族の配憶や原初的な恐怖感が息づいているのだろうか。


(1991年9月9日)

正丸峠の妖怪
なぞのウワサを追う 後編

”恐怖”に群れる若者たち
テレビ放映で話が拡散

「正丸齢に"よつんばい"の女のお化けが出て、バイクを猛スピードで迫い掛けるんだって」─こんなウワサが、数年前、若者の間に広がった。その真相を深ってみると、正丸と同じく”走り屋”の名所、六甲にも似た話があり「どうもそちらの方が元祖らしい(前編参照)。

しかし、よそから来たウワサが、どうして正丸峠を中心に広がっていったのだろうか。後編では、話が伝わっていく過程と、不気味なウワサに群がる若者たちを追う。

ウワサでは次々とライダーをのろい殺している、妖(よう)怪”よつんばい”。これが真実ならば、取材しているうちに「そういえは、私の知り合いが殺されちゃいましてね」などと言う人が出てくるはず。まあ、そんなこと絶対あるまいと思っていたら、出てきたのである。"よつんばい”のおかげで全治三ヶ月の大けがを負った人が…。

その人は飯能市在住のOさん(二五)。十六歳の時からバイクで正丸峠を"攻め"に行っている常連だ。

彼が夜道、車を走らせていると、後ろから時速八十㌔以上出した車が迫ってきた。「危ないな」と思い、抜かせてやろうと道の端に寄ったら、そのまま突っ込んできて、激突。

警察で調書をとられた時にOさんが警官に聞いたところ、「川越から来た若い五人組が乗っていたんですが、何でも"よつんばいお化け"を見に来たそうで…」。Oさんが"よつんばい"の話を聞いたのは、この時が最初で、バイク仲間の間でもウワサになっていなかったとか。

「テレビのせいですよ。『たけしの元気が出るTV』で、”よつんばい”の目撃者が証言したらしいんですよ。四年ぐらい前の四月ごろ。事故を起こした五人組も、それを見て、来たらしいですよ」(Oさん)

火付け役はTV

「僕も、その話を最初に知ったのはテレビでした.でもその時は、女はよつんばいじゃなくて、普通に追い掛けて来る、っていう話だったと思うけど」(秩父農工二年・●●●●君)

どうやら流行の火付け役となったのは、テレビだと言って間違いないようだ。この番組の放映後、正丸峠に明らかに"よつんばい”目当ての車が、深夜多く見られたという。

その車のナンバーをいろいろな人に思い出してもらったところ、意外と「大宮」「八王子」という答えが多かった。「走りに来ている僕たちから見て、この人たちは、はっきり言ってじやまでしたよ」=坂戸の社会人(二一)。

はるか遠くから二、三時間かけ山へ入り、"走り屋"にじゃまにされ…。何が彼ら(彼女ら)をそこに引き寄せるのだろうか。

妖怪"よつんばい”

深夜、正丸峠(正丸トンネルという話もある)をバイクで走っていると、白い服を着た女が道に立っていることがあるという。

「乗せてください…」などと話し掛けてくるが、無視して通り過ぎると、その女がよつんばいになって、後ろから追い掛けてくる。その速度はすさまじく速く(一説には時速百㌔)、バイクに肉薄。それでも何とか振り切ると、後ろから不気味な叫び声を投げ掛ける。おまえをのろってやる!」と。

それから数年以内に、その人は事故で死んでしまう。

スリルがたまらない

「強烈な好奇心というか、ウワサを自分の目で確かめたいんですよ」と語るのは、久喜市在住の会社員、●●●●●さん(二一)。●●●さんが訪れたミステリースポットは、県内をはじめ、群馬、栃木、茨城と、数知れず。

「車の免許を取ったばかりのころは、よく行きました」と●●●さん。情報源は、テレビや雑誌のはか、バイトをしていた時の友人などからのロコミ。そして、その友人たちと車でそこまで探検に行く。

「行く途中のドキドキした感じがいいんですよね。これはほかの遊びには代えられないですよ。映画とかは、いかにもフィクションくさいですから」

六甲に生まれた"よつんばい伝説"。正丸に転移し、テレビの助けを借りた後、こうした恐怖を求め夜をさまよう若者たちのネットワークが広がり、このウワサは帰結をみたのである。